【しくじり解説】サッカー日韓W杯が共催になった理由がひどい!そして史上最悪のW杯と呼ばれることに。。。


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あいさん!
質問です!

なに、まあやちゃん!

2022年のワールドカップはカタールじゃないですか?

そうね。

2026年のワールドカップはどこなんですか?

カナダ・メキシコ・アメリカの共催だよ!

3か国の共催なんですね!

共催になったのは史上2回目ね!
1回目はもちろん、2002年の日韓ワールドカップね!

そういえば、どうして2002年のワールドカップは共催になったんですか?

それは、FIFA(国際サッカー連盟)内の権力闘争に巻き込まれたからなの。

権力闘争?
政治的な匂いがプンプンしますねー!

そう。
完全に政治に巻き込まれた感じね。
それじゃ、今回はちょっと難しい話だけど、2002年ワールドカップは、なぜ日韓共催になったのか?
を語るわ。

よろしくお願いします。

もともとFIFAワールドカップは、ヨーロッパとアメリカ大陸間で交互に行われていたの。
そこで1986年に当時FIFA会長のジョアン・アヴェランジェが「アジア・アフリカ大陸によるワールドカップ開催」案を提案したの。
ジョアン・アヴェランジェは毎年TOYOTAカップを開催していた日本に開催を打診してきたわ。
ちなみに、TOYOTAカップは世界No.1クラブチームを決める大会で、ヨーロッパからチャンピョンズリーグ優勝チーム、南米からリベルタドーレスカップ優勝チームが参加し、中立国である日本で、世界No.1を決めていたの。
現在のFIFAクラブワールドカップの前身の大会ね。

たしか、Jリーグの誕生の回でも言ってましたけど、アベランジェ会長は親日家なんですよね?

そう。
親日家なの。

Jリーグの誕生の回の動画はこちらです。

日本サッカー協会は1989年11月にワールドカップ開催国の立候補の意思表示をして招致活動を開始したの。
ちょうど、Jリーグ構想もあった時期だから、ワールドカップとJリーグで、日本サッカー活性化のシナジー効果もあったみたい。
1991年6月に、2002年ワールドカップ招致委員会が発足。
翌年1992年3月24日には、ワールドカップ国会議員招致委員会も発足して、ワールドカップ招致は国を巻き込んでの国家事業となったの。
日本はFIFAワールドカップを「平和の祭典」として、よりメッセージ性あるイベントにしようと提案し、トヨタカップなどの開催実績と「平和で安全」「豊かな経済」「政治的安定」「自由と民主主義」「世界の先進国」である点などを示し、日本で開催する意義を謳ったの。
また、「バーチャルスタジアム構想」を提案し、史上最大の計400万人が、スタジアムで観戦することが可能な大会にすることを謳ったわ。

バーチャルスタジアム構想!

結局はバーチャルスタジアムは出来なくて、メガビジョンという大画面投影に変わったわ。
しかも、放映権の問題があったから、実際にメガビジョンが使われたのは、準決勝1試合だけだったの。

かなり残念な感じですね。

その一方で、アジア初のワールドカップ開催に日本が立候補すると知った韓国は「アジア初」を賭けて日本に続く形で、1993年11月に立候補を表明。
1994年の初めに招致委員会を組織したの。

日本に対して敵意丸出しですね!

ただ、当時の韓国はソウルで1986年にアジア競技大会、1988年にソウル五輪を開催したばかりで、ワールドカップ開催を真剣に考える状況にはなかったの。

韓国は国際大会を連発してたんですね!

韓国でのワールドカップ開催に可能性が生じたのは、二つの出来事があったからだと言われているわ。
1つは1993年10月の、あの「ドーハの悲劇」ワールドカップ・アメリカ大会の出場をかけ、カタールのドーハで行なわれたアジア最終予選ね。

「ドーハの悲劇」と韓国のワールドカップ招致がどう関係あるんですか?

日本は、韓国をワールドカップ予選で初めて破るなど優位に立っていたんだけど、勝てば出場が決定する最終節のイラク戦で、後半ロスタイムで同点に追いつかれ、日本の本大会初出場の夢は消えたの。
そして、日本の敗退により、韓国が逆転でワールドカップ出場を果たしたの。

そうだったんだ!

韓国ではこれを「ドーハの奇跡」と呼んでいるわ。

日本とは真逆なんですね!

この「ドーハの奇跡」をきっかけに、ワールドカップ招致熱は一気に高まるの。
そしてもう1つの出来事が、1994年3月に行われたAFC(アジアサッカー連盟)選出のFIFA副会長選挙よ。

FIFA副会長選挙ですか?

この選挙で大韓サッカー協会会長の鄭夢準が当選して、AFC選出のFIFA副会長になったの。

韓国の方がFIFAの副会長になったんですか!
日本にとっては厄介ですね。

日本よりも招致活動に出遅れた韓国は、「南北朝鮮共同開催案」を持ち出すなどして、日本の招致活動に激しく対抗したの。
立候補すると表明していたメキシコが辞退し、招致活動は日韓の一騎討ちとなったわ。
1995年11月にFIFAの視察団が日韓両国を訪問し、スタジアムや国内リーグ、インフラなどをチェックしたわ。
視察団は『日本は施設も、歓迎も、技術も素晴らしい』と日本を高く評価したわ。
そして、日本にとって何よりも心強かったのは、当時FIFAの中で、絶対的な権力を持っていたアベランジェ会長が日本びいきで、日本を支持していたということね。

日本が優勢だったんですね。

この時点では、日本が開催国に選ばれることは、ほぼ確実だったわ。
ただ、そこで油断が生まれたのね。

なにか起こったんですか?

FIFA内の権力争いに、ワールドカップ招致が使われることになるわ。

ひゃああああ。
どういうことですか?

開催国決定は当初、1996年6月1日のFIFA臨時理事会で、会長、副会長を含む理事21人の投票によって決定される予定だったの。
しかし、時期を同じくしてFIFA会長選挙を控え、一貫して日本単独開催を推していた、FIFAのアヴェランジェ会長の会長派と欧州サッカー連盟(UEFA)会長のレナート・ヨハンソンを、次期FIFA会長にしたい欧州のFIFA理事派の勢力が次期会長職を巡って対立し始めたわ。
この時期にFIFA副会長の鄭夢準は、UEFA会長のヨハンソンら欧州勢に急接近していくの。

韓国側が動いたんですね。

鄭夢準は、欧州の理事たちに金や娼婦などの賄賂を贈ったって話もあるわ。

闇の世界だぁ

まぁ、真実かどうかは分からないけどね。


そして、アヴェランジェ会長の会長続投を阻止しようと、反会長派の欧州理事たちは日本と韓国の共同開催を強く推進したの。
南米の会長派は、あくまでも日本による単独開催を支持した為にアフリカの理事らの動向が投票を左右することとなったわ。
ただ、こうした状況の中で次第に、日韓共催案が現実味を帯び始める事となるの。
直前になって欧州理事らが欧州の各国サッカーリーグに選手を受け入れてもらう立場にある、アフリカ理事の票を押え多数派となったわ。

ヨーロッパの影響力は強いですね。

アヴェランジェ会長は、開催国を決定する投票日前日の定例理事会前に行われたパーティー会場でアフリカ理事らとの歓談から敗北を悟ったの。
そして、会長としての権威を保つ為、それまで自身が強硬に反対していた日韓共催を、自ら提案することを決断したの。

アヴェランジェさん、裏切ったー。


そこからの日本とのやり取りが早くて、1996年5月30日の午後にアヴェランジェ会長は、FIFA事務局長のゼップ・ブラッターを通して、日本招致委員会に対し、非公式に日韓共催案打診の電話をかけさせたわ。
ブラッターの口ぶりは切羽詰まっており、打診というよりは要請だったらしいわ。
日本は電話では不正確として、FIFAに公式文書を求めたの。
午後3時過ぎ、ブラッターの署名入りのFIFA公式文書がFAXで届いたわ。
その文書には、韓国は1996年5月15日付の文書で、共催受け入れをFIFAに回答した。
日本の立場をたずねたい。
と書かれていたの。
2時間ほどの協議でも結論は出なかったけど、もしも日本が共同開催の受け入れを拒否した場合は、「韓国の単独開催」になるのは必至だったわ。

ええええええ!

ブラッターへの返答期限が迫る中、ワールドカップ国会議員招致委員会会長の宮澤喜一が「日韓共催は政治にとって悪くない選択だ」と発言したの。
その発言をきっかけに、日本サッカー協会会長の長沼健は共同開催案受け入れを決断したわ。

わー!
政治的判断キター!

翌日の5月31日午前7時すぎ、日本サッカー協会は、公式の共催受け入れ文書をブラッターに手渡したの。
そのわずか2時間後の午前9時の定例理事会で、アヴェランジェFIFA会長が、日韓両国による共同開催案を提案。
満場一致の賛成決議で定例理事会は幕を閉じたの。
結局、投票を待たずして日韓共催が決定したわ。
同日、午後4時過ぎ、FIFAと開催国に決定した、日本と韓国による共同開催決定の会見が開かれたわ。
欧州やアフリカ理事らの動向を掴めず、日本単独開催を支持していたアヴェランジェ会長を最後まで盲信し続けた、日本招致委員会の実質的な敗北だったわ。
ちなみに、もしも日本が共同開催の受け入れを拒否した場合は「韓国の単独開催」以外の案としては「開催国決定の延長」「中国での開催」などといった諸案があったみたいね。
結局、日韓共催はアヴェランジェ会長の南米派と反会長・欧州派のFIFA内部の政治的対立の産物だったの。
アヴェランジェ会長は程なくしてFIFAの会長職から引退する形で退いたわ。

それじゃ、ヨハンソンが会長になったんですか?

いいえ。
FIFA事務局長のゼップ・ブラッターが会長になったわ。

なんだそりゃ~

結局のところ、何のための共催だったかは分からないわ。
韓国側も開催したはいいけど、大量にチケットの売れ残りが発生して、韓国政府が学生を動員して、なんとか会場の空席を埋めた出来事もあったわ。
決勝トーナメントですら空席が大量に発生したみたいね。
ちなみに、日本国内の試合は全試合完売だったわ。
さらに韓国代表の誤審・審判買収疑惑もあって、大会としては後味が悪いものになったわ。

日本単独開催の方が良かったんじゃ。


そうね。
結果論だけど、日本単独開催だったら大成功していたかもね。

あいさん!

っていうか、韓国代表の誤審・審判買収疑惑ってなんですか?

それはまた、別の動画で!

もー、またもったいぶる。


それでは、今回はこの辺で!

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